社会福祉法人 拓く

お知らせ (トピックス)

熊本地震支援のご報告⑨5月23日 熊本県益城町でのボランティア活動と避難所の視察を行い、西原村に支援物資をお届けしました。夏用の洋服や備品が必要になっています。ご協力をお願いいたします。

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  益城町のボランティアセンター    支援物資

                                                                              

5月23日(月)、拓くの職員5名で益城町でのボランティア活動と避難所の視察を行い、西原村の障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんに支援物資をお届けしました。

(一社)筑後中小企業経営者協会様を通して呼びかけていただき、会員企業の山一産業株式会社様や地域の方々より支援物資をいただきました。

ご要望をいただいた女性用のズボン、夏物の洋服、下着、タオルなどです。

「にしはらたんぽぽハウス」さんを通して、村内の支援活動のために活用される予定です。ご協力を有難うございました。

被災された方々の中で、家の中に入れず夏服を持ち出すことができない方も多くおられます。季節が変わる中で、それに応じた服や備品が必要になるということでした。今後もご協力をお願いします。

 

職員5名のそれぞれの報告については下記の通りです。

 

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益城町のボランティアセンター

 

今回は、益城町のボランティアセンターを通じて、がれき(ブロック塀)撤去の活動を行いました。

ボランティアの受付には、早朝から若い人から年配の方まで長蛇の列。これだけの人数が一気に受付に殺到するので、混乱すると思いきや、とてもスムーズに受付からオリエンテーション、マッチングに進むことができました。モノの配置や動線も分かりやすく、マッチングも席順が前の方から優先的に選ばれるなど、とても分かりやすいシステムでした。ボランティアセンターの運営はとても進化しているように感じました。

もしも受付が混乱し、なかなかマッチングに結びつかなかったら、また次に来てくれるでしょうか。「受け入れる力」はとても重要だと感じます。拓くが受け入れる立場になった時、どこに物資を置き、どこが避難スペースにできるだろうか、「受け入れる力」を育てておく必要があると感じました。 (副本部長 浦川 直人)

 

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益城熊本インターを降りると、すぐには震災があったとは思えないようなのどかな風景が広がっていましたが…。被災中心地に近づくにつれて風景は一変し、崩れた家などが現われ、中心地とそうでない場所では全く違う光景でした。

今回、私が強く感じたのはボランティアの受け入れと作業体制がしっかりしていたことです。受け入れ体制はもちろんのこと、作業内容も被災者のニーズを聞いてボランティアの人にあった作業をマッチングして決めるやり方はとてもボランティアに行きやすい環境が整えられていて勉強になりました。

私たちは個人宅の壁を壊す作業に入りました。その家主さんが「うちの被害は少なかった」と言われましたが、私たちからすると目に余る光景でした(>_<)。被災者の皆さんが、今望んでおられることなどは実際に現地に行かないとやっぱり分からない事だと、今回のボランティアで実感しました。少しでも早く熊本が復興できるように、これからも自分に出来ることをやっていきたいと思います。    (主任 児玉 元気)

 

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益城町のボランティアセンターでマッチングがあり、我々一行は天草から来られた方と合流し、ご依頼者宅のブロック塀の解体及び撤去を行いました。気温が高い中での体力のいる作業でしたので、こまめに水分補給と休憩を取りながらの工程となりました。

付近には一階が押し潰れた住宅がいくつも見られ、東北大震災の津波の時とはまた違う直下型の被災地の状況に目を奪われました。久留米では我が家の裏に水縄断層が走っているので、とても他人事とは思えず、どんな住宅が残っているのか思わず探してしまっている自分がいました。作業を終えた際、お礼を言われるご依頼者の中村おばあ様のかわいい笑顔がとっても印象的でした。

(職員 内田)

 

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ボランティア活動の後、益城町の被災地を視察しました。盛り土が崩れて傾いた家の多さに驚くとともに地割れが至るところにみられ、これが久留米で起きた場合のこと、特にグループホームでの想定を考えずにはいられませんでした。

(職員 安倍 弥生)

 

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今回初めてボランティアに参加させていただきました。今までは「何かできることはないだろうか」と思いながらも、その次の1歩がなかなか出なかったのですが、今回は法人からの呼びかけもあり、思い切って参加することに決めました。

当日は職員5名での参加で、中には被災地に何度も足を運び現地に詳しい方がいらっしゃったので、初心者の私にとってはとても心強かったです。

益城町に近づくにつれてブルーシートに覆われた家が見え始めましたが、震源地に近づくと景色が一変。傾きかけた家や倒壊している家屋がたくさんあり、道はボコボコになって運転するにも注意が必要でした。テレビなどで見る映像とは違い、間近で見ると今回の地震の強さ・怖さを改めて感じました。

ボランティアセンターには朝から行列ができており、年齢・性別問わず個人や団体での参加が見られました。今回は個人宅に行き、余震で揺れた場合に不安定だとされるブロック塀を壊して片づけるという作業を6名で行いましたが、道具もボランティアセンターからの貸出があり、また作業が終われば報告をして翌日の作業につなげていくというシステムでとても分かりやすく、参加しやすいように感じました。

作業を終えると現地の皆さんからとても感謝をしていただき、私たちも1つの作業が終わって満足感もありましたが、ボランティアでは立ち入れない危険な場所や倒壊した家にはまだまだ手をつけられておらず、たくさん残っている状況です。

ボランティアに参加して、被災地を目の当たりにすることでテレビや報道では感じることのできない被災地の状況・地震の怖さを改めて感じることができ、今後どう対応・対策していくべきかを改めて考えされられました。また今回参加したことを機に、次に進む1歩につなげていければと思います。       

(管理栄養士 武田麻衣子)

 

 

P1040550  にしはらたんぽぽハウスさん

 

熊本地震支援の報告⑧ 5月19日 熊本県阿蘇郡西原村に、ご飯やインスタント味噌汁、蚊取り線香、下着やタオルなどの支援物資をお届けしました。地震から約1ヶ月、益城町と西原村のまちの様子もご報告します。

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 「にしはらたんぽぽハウス」さんにて   支援物資をお届けしました

 

 

5月19日(木)、「出会いの場ポレポレ(安武町)」の隣にある野口石油(ガソリンスタンド)の野口剛さんと一緒に、熊本県西原村の障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんに支援物資をお届けに行きました。

地域の方々や(一社)筑後中小企業経営者協会様を通して呼びかけていただき、会員企業の株式会社天年堂様、オフィスケイ様より支援物資をいただきました。ご要望をいただいたお湯やレンジだけで食べられるご飯、インスタントの味噌汁、蚊取り線香、下着やタオルなどです。

「にしはらたんぽぽハウス」さんを通して、村内の支援活動のために活用される予定です。ご協力を有難うございました。

 

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益城町 現在の様子                     地震前の様子(Google mapより)                        

 

地震から約1ヶ月が経ち、今の熊本被災地はどうなっているのか…、今回は、たんぽぽハウスさんに向かう途中に益城町と西原村の被災の現場やボランティアセンター、避難所なども視察しました。テレビでよく報道されている益城町の街中に入ると、八百屋やコンビニなど営業を再開している店もまばらにありました。しかし、一歩路地にはいると倒壊した家屋はそのままで、ほぼ震災当時のまま、手つかずの状態でした。

路地に入り現場を歩いていると、町の方々とお話しする機会がありました。地震当時の様子や避難生活のことについてお伺いしました。その方は、倒壊した自宅の前のビニールハウスの中にテントを張ってまだ生活をされているということでした。ただ、お話ができたのも、私たちが不審者じゃないかと思い、声を掛けたということでした。その地区でも、盗難が実際に発生していて、現金やパスポートなど大切なものが奪われたそうです。二次的な人災から立ち直るにも時間がかかるのではと感じました。

また、ガソリンスタンドに寄り、店員さんに当時の様子を聞きたり、避難所を何軒か廻ったりしました。避難所も、段ボールベッドが入って仕切りがある所、全く仕切りもなく、雑魚寝状態の所と格差があるのが実態でした。

 

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益城町

 

さて、たんぽぽハウスさんに到着。

これまで実施していた炊き出しが行政からの指導で打ち切られたということで、外に設置されていたキッチンスペースもなくなっていました。利用者の皆さんも数名戻ってこられ、活動が始まり、少しずつ日常を取り戻している様子でした。しかし、職員さんはまだテント生活をされており、個人の生活は変わらないままでした。

相変わらず、行政が運営する避難所については支援物資の受け入れが中断されていますが、たんぽぽハウスさんには物資が日々届いていました。ただ、物資庫は物資が散在しており、整理が必要な状態でしたので、私たちは出来る限りの時間を使って整理をさせていただきました。

物資庫の整理が終わる頃に、厨房からいい匂いがしていたので、行ってみると、ラーメンのスープを仕込んでおられるところでした。被災の前のことですが、毎週金曜日には、たんぽぽハウスさんにてラーメンが振る舞われて大盛況だったそうです。「金曜日のラーメン」が復活するということで、たんぽぽハウスさんとして大きな前進になるのではないでしょうか。

(副本部長 浦川 直人)

 

熊本地震支援のご報告⑦ 5月12日、熊本県阿蘇郡西原村に、支援の一環としてボランティアの派遣、蔵出し即席みそ汁、敷き布団マットレスなどをお届けしました。

IMG_20160512_103012  サクラみそ食品(株)様よりお預かりした支援物資

 

(一社)筑後中小企業経営者協会様を通して会員企業の皆様に支援物資の呼びかけをさせていただきましたところ、サクラみそ食品株式会社様より、蔵出し即席みそ汁をご提供いただきましたので熊本県阿蘇郡西原村にお届けしました。地域の皆様に提供される予定です。

誠に有難うございました。

 

当法人の職員は、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんにて、支援活動を行っています。そのレポートを紹介します。

 

IMG_20160512_145307  ブルーシートで覆われた家が目立つ西原村

 

5月12日(木)。熊本県阿蘇郡西原村は、二日続いた雨が上がり、雲ひとつない青い空が見えました。屋根を覆ったブルーシートが目立ちます。

久留米から出発する日は、何が必要なのか、たんぽぽハウスさんに確認して物資を運んでいます。今日運んだのは、棚の上などを整理するためのケースやラック。そして、洗濯干場の用具と敷布団のマットレス。地震から1ヵ月、避難されている皆さんの生活環境を整えるための用具が必要になっていると思います。

今日は、ボランティアのスタッフで、キッチンと外回りなどの片付けをしました。たんぽぽハウスさんの利用者の皆さんの活動と炊き出し、片付けなどに人手が必要な状況がよく分かりました。

 

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現在、物資はたくさん届いていますが、それを整理する人が必要な状況です。

たんぽぽハウスさんには、村内の被災者の皆さんが支援物資を求めて来られたり、夕食を食べに来られたりして、地域に必要な拠点になっています。そのような場所で活動されている利用者さん、職員さんが震災前の日常に戻れるよう、私たちは人的支援を続けていきたいと思います。

私たちボランティアは、今、すべきことを自らが気付き、人をも動かすことが必要だと思います。

これから梅雨に入り、暑くなっていくことを考えると、一日も早く生活環境を整えて、衛生の面でも安全な場所を確保していく必要があると痛感しました。 (本部長 北岡 さとみ)

 

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熊本地震支援のご報告⑥ 5月10日~5月12日の3日間、熊本県阿蘇郡西原村に、支援の一環としてボランティアの派遣、軽トラックもお届けしました。当法人の職員は、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんにて、作業サポートや食事づくりなどを実施。連休明け、さらに人的支援が必要とされています。

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 熊本地震支援の活動におきまして、熊本県阿蘇郡西原村の皆さんより、「今、瓦礫などの撤去で運搬に使える軽トラックがほしい」とのご相談がありました。

そこで、株式会社ニシケン様(福岡県久留米市)にご無理を申し上げましたところ、お借りすることができました。

5月10日にお届けし、1ヵ月間、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」の皆さんを通して、村内の支援活動のために活用される予定です。

ご協力をありがとうございました。

 

 

5月10日~5月12日、当法人の職員は、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんにて支援活動を行いました。そのレポートを紹介します。

 

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5月10日(火)の初日、熊本県阿蘇郡西原村は一日中雨でした。時より激しく降り続き、雷も鳴る中、西原村内に大雨警報、避難指示も出ました。私は、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんの支援に伺いました。たんぽぽハウスさんは、農業や食品加工販売を行う、利用者20名程の就労継続B型事業所です。

時折、携帯電話のエリアメールの「あの音(アラーム)」がなると、職員の皆さんは表情が一瞬曇ります。余震などが収まると、直ぐに作業に戻ります。昨日の午後から利用者さんもここに来て作業を始めたとのこと。しかし、いつもの半数の皆さんです。道路が寸断されているので送迎ができず、来所することができないそうです。確かに5分も車で走れば、がけ崩れで山に当たってしまいます。現在、4名の利用者さんがたんぽぽハウスさんに避難されています。自閉症の小学生の男子も急遽、夜はここに泊まっているとのこと。その子のお姉さんが、今は大学が休校とのことでボランティアに来ておられました。

 

たんぽぽハウスさんには6名の職員がおられ、作業と片付け等を分担しておられます。また、村内の被災者で避難されている方への温かい食事提供の支援も行っていました(炊き出しにて230食)。しかし、それは今夜まで。行政の方から、食事提供の支援が平等ではない部分もあるとのことで、ストップが出たそうです。東北大震災の時の経験から言えば、これからが温かい食べ物が必要とされ、実際、提供された時期になるのですが、ここでは、今からが冷えた状態のお弁当提供になります。これは課題だと思います。

地震列島の日本では、阪神淡路大震災以降、被災者や支援者の皆さんが経験していることから多くを学び、仕組み作りを始めなければならないと感じました。勿論、それは個人のペースにおいても大切です。熊本出身の私として身近に災害が起こったことで、やっと他人事ではないことに気付かされました。

たんぽぽハウスさんでは、今日が1ヵ月遅れでの給料日でした。明日は雨も上がるでしょうから、もう少し動きがとれるかと思います。連休明け、ボランティアは減っています。息の長い人手が必要です。

 

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避難している方々、250名に提供した食事。

 

5月11日(水)の2日目は、太陽も出て少し不安が減りました。余震、土砂災害などの不安を常に抱える被災者の皆さんはもっとしんどいと思います。中・長期的なお手伝いを考える組織があることに、人のつながりを感じました。2週間、もしくはずっと京都・名古屋から人を派遣している社会福祉法人は理念がすごいなあと思います。

ボランティアが減る中、炊き出しにも制約がありますので、食事サポートが中心。支援物資を見て、30人分の食事を作りました。たんぽぽハウスの職員の方はそこまでの指示の余裕はありません。「食材にダメなものはないので全て使ってください」とのことでした。他に、利用者さんの作業サポートをしました。ここにきて、やっと一人の職員さんが地震発生以来、初めて休みがとれるそうです。 (職員 上村 千尋)

 

熊本地震支援のご報告⑤ 5月9日、八女市の有志の皆さんが、熊本県益城町の中央小学校避難所にてカレーの炊き出し支援をされました。大きな避難所には人も物資も豊富に集まっていますが、小さな避難所までは届いていません。皆様のご支援をお願いいたします。

5月、八女市の有志の皆さんが熊本県益城町へカレーの炊き出し支援に行かれました。その際、当法人の炊き出し道具一式の協力をさせていただきましたところ、この度、お礼状をいただきました。

益城町の現状について詳細なご報告をいただきましたので、ここでご紹介します。

 

 

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5月9日(月)、熊本県益城町の中央小学校避難所に対して、カレーの炊き出し支援を行いました。

あいにくの小雨が降る中、益城町に入ると目を覆いたくなるような惨状が続いていました。益城町役場の入り口には立ち入り禁止のロープに「被災に関する手続きはここでは出来ません」の張り紙がありました。役場も被災してその機能を停止しているようです。

1階部分がつぶれた家が何軒も続き、壁にひびが入ってねじられたような家、おもちゃの家が転がったように見えるところもありました。ほとんどの家の壁に、立ち入り危険の「赤い紙」が貼り付けられていて、後片付けもままならない様子でした。

 

中央小学校の体育館では、昼間は120~130人の方が避難生活を送られていました。夜になると300人を超える方が避難してこられるそうです。益城町では水道が回復しているところが半数近くあるようですが、中央小学校の周りはまだ復旧していないそうです。電気も回復しているようですが、大部分の家では電線が垂れ下がっていて怖くて電源を入れられないそうです。

体育館の中はマットレスと布団で寝る場所を確保してあるだけで、間仕切りになるようなものは一切ありません。体育館と校舎の間の屋根がある通路が炊き出し場所と、ボランティアスタッフの控室になっていました。その通路の端でカレーを温め、ご飯を炊きました。最近、他の避難所で食中毒がありましたので、私たちの炊事の様子を京都から支援に来ている栄養士さんたちが監督していました。「加熱していないものは提供しないし、調理後2時間たったら廃棄します」という厳戒態勢でした。私たちの調理の様子に納得されて配膳OKが出ました。配膳も常駐のボランティアスタッフが体育館に運び入れます。衛生面とプライバシーの両面から私たちは自由に体育館に入れないようにされていました。

 

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最初に代表として、被災者の皆さんに挨拶をさせていただきました。

「皆さん、今日はカレーですよ。作ってきていただいた代表の方にご挨拶していただきます」

「八女市からやって来ました。美味しいかどうかは分かりませんが、みんなが朝早くから起きて、作ったカレーです。愛情だけはいっぱい入っていると思いますから、皆さん、召し上がってください。おかわりも用意しています。たくさん召し上がってください」

たくさんの拍手をいただきました。そのあと、「美味しかった。おかわりを3杯しました」などと声をかけてもらいました。

 

避難所のボランティアのサブリダーの軸丸さんとお話をしました。ご自身も被災者でご自宅は町の中央通りで看板屋さんを営んでおられたそうです。

「家は建ってはいるが、ずたずたで赤紙だらけで何もできません。ここで皆さんのお世話をするのがただ一つのやりがいです」

私たちの仲間のTシャツの『がんばろい八女』の言葉を見て、『頑張ろう益城』と手書きしたTシャツを見せてくれました。

「ここでの生活がまだ2ヶ月は続くでしょう。皆さんがこうやって支援に来てくださるので、私たちは負けません」と笑顔で話してくれました。その笑顔に、私たちも元気づけられる思いでした。

この避難所はテレビで放送されているグランメッセや陸上競技場のような大きな避難所ではありませんのでお風呂やシャワーの設備がないため、3日に一度、そちらに行くそうです。そこには自衛隊によるお風呂とシャワー室があり、色とりどりのテントがたてられていて、子どもたちは「お祭りみたい」と喜んで帰ってくるそうです。大きな避難所には人も物資も豊富に集まるのに、小さな避難所までは届いていないのだなと、この子どもたちの言葉で知らされました。

 

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各地から災害支援で派遣されてきている職員の人ともお話をしました。2週間、ここでお手伝いをしているという方もいました。その間、被災した人たちと寝食を共にして支援しているとの話で、温かいご飯は久しぶりですと言ってくれました。

この避難所では、室内では原則的に火を使うことが出来ないそうで、何かをしようとするならば、屋根のある通路でカセットコンロを使うくらいだそうです。カセットコンロの横にカップうどんが一つ置かれていました。おそらくカセットコンロで沸かしたお湯で作る温かい食べ物だったのでしょう。体育館の入り口に、30kg入りのコメの袋が5~6俵積み上げてありました。米は届いても、それを炊飯する手立てはないようにも思えました。私たちが到着したとき、業務用の小さな冷蔵庫が届けられ、コンセントに差し込んだばかりのところでした。

 

テレビなどで報道されているような大きな避難所には、物資が潤沢に届けられるようですが、小さな避難所はその情報網から洩れて、物資が十分届かないようです。

ここでは、4月中は時々炊き出しがあったそうですが、5月に入ってからは、朝はおにぎり、昼はパン、夜は弁当という通知があり、毎日がその繰り返しだそうです。

現地に入ってみて、その被害のひどさを目の当たりにし、被災された方たちの悲惨な生活を知り、私たちの小さな力で出来ることをやらなければならないという事を再認識しました。

今回の支援活動に際し、多くの方々に援助をしていただきましたことを感謝いたします。

有難うございました。