社会福祉法人 拓く

お知らせ (トピックス)

熊本地震支援のご報告⑥ 5月10日~5月12日の3日間、熊本県阿蘇郡西原村に、支援の一環としてボランティアの派遣、軽トラックもお届けしました。当法人の職員は、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんにて、作業サポートや食事づくりなどを実施。連休明け、さらに人的支援が必要とされています。

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 熊本地震支援の活動におきまして、熊本県阿蘇郡西原村の皆さんより、「今、瓦礫などの撤去で運搬に使える軽トラックがほしい」とのご相談がありました。

そこで、株式会社ニシケン様(福岡県久留米市)にご無理を申し上げましたところ、お借りすることができました。

5月10日にお届けし、1ヵ月間、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」の皆さんを通して、村内の支援活動のために活用される予定です。

ご協力をありがとうございました。

 

 

5月10日~5月12日、当法人の職員は、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんにて支援活動を行いました。そのレポートを紹介します。

 

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5月10日(火)の初日、熊本県阿蘇郡西原村は一日中雨でした。時より激しく降り続き、雷も鳴る中、西原村内に大雨警報、避難指示も出ました。私は、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんの支援に伺いました。たんぽぽハウスさんは、農業や食品加工販売を行う、利用者20名程の就労継続B型事業所です。

時折、携帯電話のエリアメールの「あの音(アラーム)」がなると、職員の皆さんは表情が一瞬曇ります。余震などが収まると、直ぐに作業に戻ります。昨日の午後から利用者さんもここに来て作業を始めたとのこと。しかし、いつもの半数の皆さんです。道路が寸断されているので送迎ができず、来所することができないそうです。確かに5分も車で走れば、がけ崩れで山に当たってしまいます。現在、4名の利用者さんがたんぽぽハウスさんに避難されています。自閉症の小学生の男子も急遽、夜はここに泊まっているとのこと。その子のお姉さんが、今は大学が休校とのことでボランティアに来ておられました。

 

たんぽぽハウスさんには6名の職員がおられ、作業と片付け等を分担しておられます。また、村内の被災者で避難されている方への温かい食事提供の支援も行っていました(炊き出しにて230食)。しかし、それは今夜まで。行政の方から、食事提供の支援が平等ではない部分もあるとのことで、ストップが出たそうです。東北大震災の時の経験から言えば、これからが温かい食べ物が必要とされ、実際、提供された時期になるのですが、ここでは、今からが冷えた状態のお弁当提供になります。これは課題だと思います。

地震列島の日本では、阪神淡路大震災以降、被災者や支援者の皆さんが経験していることから多くを学び、仕組み作りを始めなければならないと感じました。勿論、それは個人のペースにおいても大切です。熊本出身の私として身近に災害が起こったことで、やっと他人事ではないことに気付かされました。

たんぽぽハウスさんでは、今日が1ヵ月遅れでの給料日でした。明日は雨も上がるでしょうから、もう少し動きがとれるかと思います。連休明け、ボランティアは減っています。息の長い人手が必要です。

 

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避難している方々、250名に提供した食事。

 

5月11日(水)の2日目は、太陽も出て少し不安が減りました。余震、土砂災害などの不安を常に抱える被災者の皆さんはもっとしんどいと思います。中・長期的なお手伝いを考える組織があることに、人のつながりを感じました。2週間、もしくはずっと京都・名古屋から人を派遣している社会福祉法人は理念がすごいなあと思います。

ボランティアが減る中、炊き出しにも制約がありますので、食事サポートが中心。支援物資を見て、30人分の食事を作りました。たんぽぽハウスの職員の方はそこまでの指示の余裕はありません。「食材にダメなものはないので全て使ってください」とのことでした。他に、利用者さんの作業サポートをしました。ここにきて、やっと一人の職員さんが地震発生以来、初めて休みがとれるそうです。 (職員 上村 千尋)

 

熊本地震支援のご報告⑤ 5月9日、八女市の有志の皆さんが、熊本県益城町の中央小学校避難所にてカレーの炊き出し支援をされました。大きな避難所には人も物資も豊富に集まっていますが、小さな避難所までは届いていません。皆様のご支援をお願いいたします。

5月、八女市の有志の皆さんが熊本県益城町へカレーの炊き出し支援に行かれました。その際、当法人の炊き出し道具一式の協力をさせていただきましたところ、この度、お礼状をいただきました。

益城町の現状について詳細なご報告をいただきましたので、ここでご紹介します。

 

 

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5月9日(月)、熊本県益城町の中央小学校避難所に対して、カレーの炊き出し支援を行いました。

あいにくの小雨が降る中、益城町に入ると目を覆いたくなるような惨状が続いていました。益城町役場の入り口には立ち入り禁止のロープに「被災に関する手続きはここでは出来ません」の張り紙がありました。役場も被災してその機能を停止しているようです。

1階部分がつぶれた家が何軒も続き、壁にひびが入ってねじられたような家、おもちゃの家が転がったように見えるところもありました。ほとんどの家の壁に、立ち入り危険の「赤い紙」が貼り付けられていて、後片付けもままならない様子でした。

 

中央小学校の体育館では、昼間は120~130人の方が避難生活を送られていました。夜になると300人を超える方が避難してこられるそうです。益城町では水道が回復しているところが半数近くあるようですが、中央小学校の周りはまだ復旧していないそうです。電気も回復しているようですが、大部分の家では電線が垂れ下がっていて怖くて電源を入れられないそうです。

体育館の中はマットレスと布団で寝る場所を確保してあるだけで、間仕切りになるようなものは一切ありません。体育館と校舎の間の屋根がある通路が炊き出し場所と、ボランティアスタッフの控室になっていました。その通路の端でカレーを温め、ご飯を炊きました。最近、他の避難所で食中毒がありましたので、私たちの炊事の様子を京都から支援に来ている栄養士さんたちが監督していました。「加熱していないものは提供しないし、調理後2時間たったら廃棄します」という厳戒態勢でした。私たちの調理の様子に納得されて配膳OKが出ました。配膳も常駐のボランティアスタッフが体育館に運び入れます。衛生面とプライバシーの両面から私たちは自由に体育館に入れないようにされていました。

 

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最初に代表として、被災者の皆さんに挨拶をさせていただきました。

「皆さん、今日はカレーですよ。作ってきていただいた代表の方にご挨拶していただきます」

「八女市からやって来ました。美味しいかどうかは分かりませんが、みんなが朝早くから起きて、作ったカレーです。愛情だけはいっぱい入っていると思いますから、皆さん、召し上がってください。おかわりも用意しています。たくさん召し上がってください」

たくさんの拍手をいただきました。そのあと、「美味しかった。おかわりを3杯しました」などと声をかけてもらいました。

 

避難所のボランティアのサブリダーの軸丸さんとお話をしました。ご自身も被災者でご自宅は町の中央通りで看板屋さんを営んでおられたそうです。

「家は建ってはいるが、ずたずたで赤紙だらけで何もできません。ここで皆さんのお世話をするのがただ一つのやりがいです」

私たちの仲間のTシャツの『がんばろい八女』の言葉を見て、『頑張ろう益城』と手書きしたTシャツを見せてくれました。

「ここでの生活がまだ2ヶ月は続くでしょう。皆さんがこうやって支援に来てくださるので、私たちは負けません」と笑顔で話してくれました。その笑顔に、私たちも元気づけられる思いでした。

この避難所はテレビで放送されているグランメッセや陸上競技場のような大きな避難所ではありませんのでお風呂やシャワーの設備がないため、3日に一度、そちらに行くそうです。そこには自衛隊によるお風呂とシャワー室があり、色とりどりのテントがたてられていて、子どもたちは「お祭りみたい」と喜んで帰ってくるそうです。大きな避難所には人も物資も豊富に集まるのに、小さな避難所までは届いていないのだなと、この子どもたちの言葉で知らされました。

 

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各地から災害支援で派遣されてきている職員の人ともお話をしました。2週間、ここでお手伝いをしているという方もいました。その間、被災した人たちと寝食を共にして支援しているとの話で、温かいご飯は久しぶりですと言ってくれました。

この避難所では、室内では原則的に火を使うことが出来ないそうで、何かをしようとするならば、屋根のある通路でカセットコンロを使うくらいだそうです。カセットコンロの横にカップうどんが一つ置かれていました。おそらくカセットコンロで沸かしたお湯で作る温かい食べ物だったのでしょう。体育館の入り口に、30kg入りのコメの袋が5~6俵積み上げてありました。米は届いても、それを炊飯する手立てはないようにも思えました。私たちが到着したとき、業務用の小さな冷蔵庫が届けられ、コンセントに差し込んだばかりのところでした。

 

テレビなどで報道されているような大きな避難所には、物資が潤沢に届けられるようですが、小さな避難所はその情報網から洩れて、物資が十分届かないようです。

ここでは、4月中は時々炊き出しがあったそうですが、5月に入ってからは、朝はおにぎり、昼はパン、夜は弁当という通知があり、毎日がその繰り返しだそうです。

現地に入ってみて、その被害のひどさを目の当たりにし、被災された方たちの悲惨な生活を知り、私たちの小さな力で出来ることをやらなければならないという事を再認識しました。

今回の支援活動に際し、多くの方々に援助をしていただきましたことを感謝いたします。

有難うございました。

 

 

熊本地震支援のご報告④ 4月30日、「安武そら豆祭り」で集めた支援物資を熊本県阿蘇郡西原村にお届けしました。他のボランティアさんと協力し、支援物資倉庫内の仕分け作業をお手伝いしました。今後も、人的な支援(マンパワー)が継続的に必要になってきます。

 

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震度7を記録した熊本地震から2週間、今なお余震の速報が毎日のように入ってきます。

4月30日(土)、職員2名で、先日の「安武そら豆祭り」で集めた支援物資(リクエストのあったタオルや下着、野菜など)を熊本県阿蘇郡西原村(益城町の隣村)に届けに行きました。

渋滞に巻き込まれないように、早朝から久留米を出発し、下道で2時間半程(帰りは高速道路を使って1時間半ほど)。

西原村に近づくにつれ景色は一転。地震で瓦がほとんど落ち、雨漏りを防ぐためのブルーシートをかけた家がほとんどで、倒壊している家も多く見られました。倒壊していなくても、玄関に赤色「危険」や黄色「要注意」の危険度判定が多くの家に貼られている状況でした。

 

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西原村社会福祉協議会の敷地内にある体育館、隣接する中学校の体育館は避難所になっていました。今なお、多くの方々が仕切りもない中で寝食をされていました。車中泊の方も多いと聞きました。心配していた水や食料(もちろん野菜などの生ものは一切ありません)、おむつやシャンプーなど日用品などの支援物資は全国から届いており、避難所には物資が沢山ありました。既に受入れスペースがないということで支援物資の受付は制限されていました。

 

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当法人の支援物資は、西原村社会福祉協議会と同じ敷地内にある、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんに届けました。

たんぽぽハウスさんは、農業や食品加工販売を行う、利用者20名程の就労継続B型事業所です。地震で事業所は滅茶苦茶、利用者さんやスタッフも家を失い、運営もストップせざるを得ない中で、被災直後から配給されているパンやおにぎりではなく、「おいしいものを食べてもらいたい」と生野菜を使った炊き出しを1日3食(最大300食程)欠かさず行っておられます。

多くのスタッフの方は家を失い、事業所やテントで生活しながらも、炊き出し、水汲み、支援物資の仕分けなど休みなく働かれていました。

 

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食事 お皿にはラップをかけて、水洗いをしなくてよいように工夫されていました。

 

たんぽぽハウスさんには、個人や団体からの支援物資、避難所に入りきれない分の支援物資も含めて、ひっきりなしに運び込まれてきます。隣の空き家を緊急で借り、支援物資を置く倉庫にされていました。そこは、本当に足の踏み場もないほど段ボールや物資がたくさんありました。ただ、何がどこにどれ位あるのか分からないのでは、ニーズがあっても届けることはできません。そこで、他のボランティアさんと協力して倉庫内の仕分け作業をお手伝いしました。丸一日かけ、ようやく物資をまとめ、動線を確保することができました。

 

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支援物資の山               たんぽぽハウスさんと一緒に

 

これからも支援物資は集まってくるでしょう。炊き出しは続くでしょう。そして、被災した家の片付けなどが始まるでしょう。これからは、支援物資もそうですが、日常生活を取り戻していただくために人的な支援(マンパワー)が継続的に必要になってくるはずです。

今回の地震で、災害は他人事ではないと思い知らされました。

隣人として、物的・人的な支援を継続して取り組んでいきたいと思っています。

(副本部長 浦川 直人)

 

熊本地震支援のご報告③ 4月21日、熊本県阿蘇郡西原村に、支援物資として布団・シーツ・下着等をお届けしました。

たんぽぽ  たんぽぽハウスさんに届けた布団やシーツ等

 

熊本県阿蘇郡西原村では、4月20日の夜からの豪雨で山崩れが起きるのでは、とのことで警戒地域が増えていました。現在、中学校等が避難所になっているのですが、そこに避難しなければならない方々が増えているという状況でした。また、村にあるコンビニが復活していました。

NPО法人にしはらたんぽぽハウスには、兵庫県などからボランティアの方々が駆けつけ、倒れてしまった重い器具等を片付けたり整理したりしておられました。

皆さんは、施設の片付けを終えたら、村の方々のための避難場所に開放しようと考えておられます。そこで、「布団等が欲しい」と話されていましたので、早速、布団やシーツ、下着等を持参しました。

現在、発達障害のある方や自閉症の方は車中泊されている方が多いので、本人を含め家族の方々の疲労はかなりたまってきています。

今後も、私たちにできる支援を続けていきたいと思います。

 

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一部損壊した村民体育館。各地から駆け付けたボランティアの皆さん。

熊本地震支援のご報告② 4月18日、熊本県阿蘇郡西原村に支援物資を持って行きました。震災から4日目、被災者の方々は不安と疲れがたまっています。東北大震災の教訓から、「必要なものを必要なタイミングで」を心がけています。

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NPO法人にしはらたんぽぽハウスの皆さんと馬場常務理事

 

4月18日(月)、NPO法人にしはらたんぽぽハウスさんを通して、熊本県阿蘇郡西原村の皆さんに支援物資をお届けしました。今回お持ちした物資は、粉ミルク、紙おむつ、紙パンツ、トイレットペーパー、男性用・女性用の下着及び靴下、調味料(砂糖・醤油・だしの素)、大型ビニール袋、とろみ粉等です。

「避難所では、毎日のようにおにぎりを食べています。たまには違ったものを食べたいので、お好み焼きを焼こうと考えています」と話されていましたので、お好み焼きを焼けるようにお好み焼きの材料(粉・肉・キャベツ等)も大量に持参しました。

今後も、私たちにできる支援を続けていきたいと思います。

 

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たんぽぽハウスの厨房内は、地震によって食器などが散乱しました。