社会福祉法人 拓く

お知らせ (トピックス)

9月1日 久留米市総合防災訓練に参加しました

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9月1日、久留米市安武町にある南部浄化センターにおいて行われた久留米市総合防災訓練に、

ポレポレの利用者9名の皆さんとスタッフ9名で参加しました。

訓練には、市消防、県警、自衛隊だけでなく、安武町女性防火クラブ、

消防団など地域の方々も多数加わり、大規模な訓練となりました。

 

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地域活動訓練は、開催地の地域住民の参加により実施されます。

その中で、自衛隊車両の先導の下、徒歩、リヤカーでの避難訓練が行われました。

私たちも、避難者がはぐれないようロープで囲いをつくられた中を歩いて避難しました。

当日は、地域の皆さんと力を合わせて訓練を行うことができ、大変良い機会となりました。

いざという時のために地域の皆さんとお互いに助け合い、適切に行動できるよう、

これからも日々の生活や月に一度の避難訓練等を通じて、地域防災に関わり続けてまいります。

(ポレポレ 内田)

 

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8月「安永健太さんの死亡事件裁判を考えるつどい」に参加しました       今後も活動を支援していきます

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月2日(土)、「安永健太さんの死亡事件裁判を考えるつどい~命の重さと司法における障害のある人の人権を考える~」に参加しました。

この事件が報道された時は、同じ障がいのある子供を持つ親として他人ごとではないと思ったのは確かです。

ところが、年月が過ぎ、その後の経過をほとんど知らない私達は、この件について忘れ、風化させているように思います。

しかし、6月に佐賀のかささぎの里を訪問した際、この事件・裁判の経緯を改めて知り、障がいのある人が地域社会の中で当たり前に暮すことを保障されていない現実を突きつけられました。

この「つどい」の中で、ある障がい当事者の方が、「本人の持っている障がいはごく一部分のことで、社会が作りだす壁こそが最大の障がいである」と発言されました。その通りだと思います。

人ひとりの命が奪われたことは事実です。障がいのある人全てが地域で安心して暮らせる社会になるために、このことの真実を明らかにしてほしいと願っています。今後も、この活動を応援していきたいと思います。(野田 文子)

 

 

安永健太さんの痛ましい事件。それはポレポレの利用者の皆さんと重なる大切な事件でした。

それなのに、私たちはずっとこの事件を支援し経緯を見守ってきたわけでもなく、久留米近辺の警察の方たちに何かを問いかけ、取り組んできたわけでもありませんでした。

6月に「かささぎの里」をお訪ねし、村上常務理事からお話を詳しくお聞きし、積極的に一緒に取り組んでいかなければという思いを強くしました。そこで、職員にカンパや8月の「安永健太さんの死亡事件裁判を考えるつどい」に参加することを呼びかけたのです。当日、会場には若い職員やパート職員の皆さんが自主的にたくさん参加していたので、嬉しく、そして、心強く思いました。

2006年、障害者自立支援法が施行。以来、サービス提供側と受ける側にくっきりわかれるようになり、「共に課題を乗り越えていく力」や「社会を変えていく力」が急速に弱まってきたような気がします。当法人もサービス事業者として制度の中で流されているところもあると気づき、反省させられます。

「どんな障がいがあっても、地域の中で排除されずに当たり前に生きる」という法人設立の理念に立ち戻り、職員一丸となって取り組んでいかなければと決意を新たにしました。(馬場 篤子)

 

 

8月2日(土)、福岡市で開かれた「安永健太さんの死亡事件裁判を考えるつどい~命の重さと司法における障害のある人の人権を考える~」に参加しました。

6月に佐賀のかささぎの里に施設見学に行った際、この集会について聞きました。事件後の6年半、「真実を明らかに」との思いで、ご遺族と共に支援者による様々な取り組みが続いていた事実も初めて知りました。

これは、2007年9月25日、安永健太さんが佐賀市内の授産施設から帰る途中、警官5人に取り押さえられ、その最中に意識を失いそのまま死亡した事件です。

 

詳細は安永健太さんの死亡事件を考える会公式ホームページへ→こちらへ

 

昨年6月には障害者差別禁止法が公布、今年2月には障害者権利条約が批准されました。

どれも、障がいがある人も安心して地域で暮らせることが約束された法律です。

このことを多くの人が知る必要があると感じました。

そして同時に、日常の中で地域や人との繋がりを大事に積み重ねていかなければならないと思いました。

9月22日から福岡高裁の控訴審が始まります。全国弁護団が結成され、大きな支援体制が作られる中、支援募金も呼びかけられています。皆様のご支援をお願いいたします。(上村 千尋)

 

1階に個室が増えました                              2階の部屋は段差のない広く明るい部屋にしました

4月に施設の一部を以下のように模様替えし、この度完了しました。

 

各部屋にはエアコンを完備し、個別対応や相談及び会議の際に使用します。

 

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光や音の刺激も調整できるよう本体建物と出入り口を分け、雨戸用のシャッターを設置しました。

出入り口を分けたことで、インフルエンザ流行時の蔓延防止のために個別対応もできるようになりました。

また、用途に応じて多目的に使用できるように部屋間の間仕切り扉は取り外し、収納できるようにしました。

 

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2階は、正面のステージを外し、フロア全体を段差のない広い部屋にしました。

また、床を貼り替えましたので、これまで以上に明るい部屋になっています。

 

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広いスペースも間仕切りで3部屋にすることができます。

 

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カウンター椅子を置き、外を眺めながらお仕事ができるようにしました。

 

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5月 利用者の皆さんがプランターにお花を植えました

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5月、「出会いの場ポレポレ」の玄関に、利用者の皆さんがきれいなお花をプランターに植えました。

利用者の皆さんの活動の一環として実施。

きれいなお花を植えながら、みんな、ニコニコ。こうしてプランターが並ぶととてもきれいです。

赤、黄色、ピンク…。玄関横が華やかになりました

これからも、心を込めて世話をします。

お立ち寄りの際には、ぜひご覧ください。

 

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3月11日 震災から3年                        3月15日に南相馬からお客様がお見えになりました

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皆さんと会食し、筑後川とポレポレをご案内しました

 

3月15日(土)、福島県南相馬市から石神(いしがみ)第一小学校の当時教頭先生だった小屋先生とそのお友達4名、小学校の時の同級生で現在福岡市に住んでおられる案内人の方1名、計6名で久留米に来られました。皆さんは還暦を迎えられ、そのお祝いの2泊3日の旅行ということで、わざわざ久留米に立ち寄ってくださったのです。

小屋先生と初めてお会いしたのは、震災があった2011年9月でした。

「被災した子どもたちはどうしているだろう」「学校はどうなっているのだろう」と思い、久留米市内の大学や中学校の先生たちと被災地を訪ねました。そのひとつが、南相馬市の石神第一小学校です。校舎には子どもたちの姿がありませんでした。小屋教頭先生だけがスクールバスの連絡調整のために学校におられました。

南相馬市は原発から30キロ圏内で、しかも高い放射線量ということで、子どもたちはスクールバスで30キロ圏外にある隣町の体育館まで行き、パーティションで仕切った教室で勉強していました。放射線の影響を考えて、子どもたちは外に一歩も出られず、室内で勉強をし、体育もし、遊びもするというかなり閉鎖的な環境の中、窮屈な思いをしていました。おまけにたくさんの友だちが県外へ避難していきました。

「ここにいて大丈夫だろうか」

「友達や知り合いが離れていく。生まれ育った家を、ふるさとを離れる。不安でたまらない」

「たとえ戻ってきても、いつまでここにいられるだろうか」

「将来、放射線の影響で病気になるのでは…。子どもは結婚の差別をうけるかもしれない」

「さみしさ」と「不安」、そして「見えない敵」と隣り合わせの日々が、今なお続いているだろうと思います。

現在、子どもたちは石神第一小学校で勉強していますが、児童数は学年が低くなるに連れ少なくなっており、昨年の1年生は7人という現状のようです。原発の影響で南相馬から子どもたちがいなくなり、街の将来も危ぶまれています。

また、被災から3年、これまで必死に復興しようと前向きに生きてこられた人々に疲れが出てきています。肉体だけではなく精神的にダメージを受けている人も多いと思います。本当に今、被災地の人たち、特に子どもたちにはさらなる支えが必要なのかもしれません。

今回、小屋先生たちとお会いし、私たちも今まで以上に真剣に考えて行動に移さなければならないと改めて考える機会となりました。(常務理事 馬場篤子)

 

画像+002 筑後川河川敷にて

 

 

今後も交流を続け、私たちができることを探していきたい

 

小屋先生との出会いは3年前。第10回ポレポレ祭りで、福島県南相馬市石神第一小学校の皆さんと初めて交流をもちました。当時、小屋先生は同校の教頭先生をされていました。東北大震災の原発事故の影響で子どもたちは校舎に行くことができず、放射能の影響が少ない離れた場所の体育館を校舎代わりにして学校生活を送っていました。放射能から避難するため福島の地を離れた人もたくさんいて、仲の良かった友だちとも離ればなれになり、生徒の数も少なくなっていました。

そのような状況の中、前向きに頑張っている子どもたちに「何か私たちに出来ることがないか」と考え、当時、久留米市の大善寺小学校6年生の皆さんとポレポレのメンバーが力を合わせ、手作りのパンとメッセージカードを送りました。石神第一小学校からはお礼のメッセージビデオをいただきました。以後、このような交流を続けています。

現在、小屋先生は退職されましたが、機会があればポレポレに来たいと前々から仰っていました。その日が3月15日に実現し、小屋先生を始めお友だち5名の方と久留米でお会いすることができました。

食事会では、鮮明に覚えておられる震災のお話を皆さんからじっくりお聞きすることができました。震災の日から年月が経つに連れ、あの時のことが私たちみんなの記憶から薄れていくことのないよう、今後も交流を続けながら私たちができることを探していきたいと思いました。(鹿子島功子)

 

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