熊本地震支援のご報告⑨5月23日 熊本県益城町でのボランティア活動と避難所の視察を行い、西原村に支援物資をお届けしました。夏用の洋服や備品が必要になっています。ご協力をお願いいたします。


益城町のボランティアセンター 支援物資
5月23日(月)、拓くの職員5名で益城町でのボランティア活動と避難所の視察を行い、西原村の障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんに支援物資をお届けしました。
(一社)筑後中小企業経営者協会様を通して呼びかけていただき、会員企業の山一産業株式会社様や地域の方々より支援物資をいただきました。
ご要望をいただいた女性用のズボン、夏物の洋服、下着、タオルなどです。
「にしはらたんぽぽハウス」さんを通して、村内の支援活動のために活用される予定です。ご協力を有難うございました。
被災された方々の中で、家の中に入れず夏服を持ち出すことができない方も多くおられます。季節が変わる中で、それに応じた服や備品が必要になるということでした。今後もご協力をお願いします。
職員5名のそれぞれの報告については下記の通りです。


益城町のボランティアセンター
今回は、益城町のボランティアセンターを通じて、がれき(ブロック塀)撤去の活動を行いました。
ボランティアの受付には、早朝から若い人から年配の方まで長蛇の列。これだけの人数が一気に受付に殺到するので、混乱すると思いきや、とてもスムーズに受付からオリエンテーション、マッチングに進むことができました。モノの配置や動線も分かりやすく、マッチングも席順が前の方から優先的に選ばれるなど、とても分かりやすいシステムでした。ボランティアセンターの運営はとても進化しているように感じました。
もしも受付が混乱し、なかなかマッチングに結びつかなかったら、また次に来てくれるでしょうか。「受け入れる力」はとても重要だと感じます。拓くが受け入れる立場になった時、どこに物資を置き、どこが避難スペースにできるだろうか、「受け入れる力」を育てておく必要があると感じました。 (副本部長 浦川 直人)

益城熊本インターを降りると、すぐには震災があったとは思えないようなのどかな風景が広がっていましたが…。被災中心地に近づくにつれて風景は一変し、崩れた家などが現われ、中心地とそうでない場所では全く違う光景でした。
今回、私が強く感じたのはボランティアの受け入れと作業体制がしっかりしていたことです。受け入れ体制はもちろんのこと、作業内容も被災者のニーズを聞いてボランティアの人にあった作業をマッチングして決めるやり方はとてもボランティアに行きやすい環境が整えられていて勉強になりました。
私たちは個人宅の壁を壊す作業に入りました。その家主さんが「うちの被害は少なかった」と言われましたが、私たちからすると目に余る光景でした(>_<)。被災者の皆さんが、今望んでおられることなどは実際に現地に行かないとやっぱり分からない事だと、今回のボランティアで実感しました。少しでも早く熊本が復興できるように、これからも自分に出来ることをやっていきたいと思います。 (主任 児玉 元気)

益城町のボランティアセンターでマッチングがあり、我々一行は天草から来られた方と合流し、ご依頼者宅のブロック塀の解体及び撤去を行いました。気温が高い中での体力のいる作業でしたので、こまめに水分補給と休憩を取りながらの工程となりました。
付近には一階が押し潰れた住宅がいくつも見られ、東北大震災の津波の時とはまた違う直下型の被災地の状況に目を奪われました。久留米では我が家の裏に水縄断層が走っているので、とても他人事とは思えず、どんな住宅が残っているのか思わず探してしまっている自分がいました。作業を終えた際、お礼を言われるご依頼者の中村おばあ様のかわいい笑顔がとっても印象的でした。
(職員 内田)

ボランティア活動の後、益城町の被災地を視察しました。盛り土が崩れて傾いた家の多さに驚くとともに地割れが至るところにみられ、これが久留米で起きた場合のこと、特にグループホームでの想定を考えずにはいられませんでした。
(職員 安倍 弥生)

今回初めてボランティアに参加させていただきました。今までは「何かできることはないだろうか」と思いながらも、その次の1歩がなかなか出なかったのですが、今回は法人からの呼びかけもあり、思い切って参加することに決めました。
当日は職員5名での参加で、中には被災地に何度も足を運び現地に詳しい方がいらっしゃったので、初心者の私にとってはとても心強かったです。
益城町に近づくにつれてブルーシートに覆われた家が見え始めましたが、震源地に近づくと景色が一変。傾きかけた家や倒壊している家屋がたくさんあり、道はボコボコになって運転するにも注意が必要でした。テレビなどで見る映像とは違い、間近で見ると今回の地震の強さ・怖さを改めて感じました。
ボランティアセンターには朝から行列ができており、年齢・性別問わず個人や団体での参加が見られました。今回は個人宅に行き、余震で揺れた場合に不安定だとされるブロック塀を壊して片づけるという作業を6名で行いましたが、道具もボランティアセンターからの貸出があり、また作業が終われば報告をして翌日の作業につなげていくというシステムでとても分かりやすく、参加しやすいように感じました。
作業を終えると現地の皆さんからとても感謝をしていただき、私たちも1つの作業が終わって満足感もありましたが、ボランティアでは立ち入れない危険な場所や倒壊した家にはまだまだ手をつけられておらず、たくさん残っている状況です。
ボランティアに参加して、被災地を目の当たりにすることでテレビや報道では感じることのできない被災地の状況・地震の怖さを改めて感じることができ、今後どう対応・対策していくべきかを改めて考えされられました。また今回参加したことを機に、次に進む1歩につなげていければと思います。
(管理栄養士 武田麻衣子)
にしはらたんぽぽハウスさん
熊本地震支援の報告⑧ 5月19日 熊本県阿蘇郡西原村に、ご飯やインスタント味噌汁、蚊取り線香、下着やタオルなどの支援物資をお届けしました。地震から約1ヶ月、益城町と西原村のまちの様子もご報告します。


「にしはらたんぽぽハウス」さんにて 支援物資をお届けしました
5月19日(木)、「出会いの場ポレポレ(安武町)」の隣にある野口石油(ガソリンスタンド)の野口剛さんと一緒に、熊本県西原村の障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんに支援物資をお届けに行きました。
地域の方々や(一社)筑後中小企業経営者協会様を通して呼びかけていただき、会員企業の株式会社天年堂様、オフィスケイ様より支援物資をいただきました。ご要望をいただいたお湯やレンジだけで食べられるご飯、インスタントの味噌汁、蚊取り線香、下着やタオルなどです。
「にしはらたんぽぽハウス」さんを通して、村内の支援活動のために活用される予定です。ご協力を有難うございました。

益城町 現在の様子 地震前の様子(Google mapより)
地震から約1ヶ月が経ち、今の熊本被災地はどうなっているのか…、今回は、たんぽぽハウスさんに向かう途中に益城町と西原村の被災の現場やボランティアセンター、避難所なども視察しました。テレビでよく報道されている益城町の街中に入ると、八百屋やコンビニなど営業を再開している店もまばらにありました。しかし、一歩路地にはいると倒壊した家屋はそのままで、ほぼ震災当時のまま、手つかずの状態でした。
路地に入り現場を歩いていると、町の方々とお話しする機会がありました。地震当時の様子や避難生活のことについてお伺いしました。その方は、倒壊した自宅の前のビニールハウスの中にテントを張ってまだ生活をされているということでした。ただ、お話ができたのも、私たちが不審者じゃないかと思い、声を掛けたということでした。その地区でも、盗難が実際に発生していて、現金やパスポートなど大切なものが奪われたそうです。二次的な人災から立ち直るにも時間がかかるのではと感じました。
また、ガソリンスタンドに寄り、店員さんに当時の様子を聞きたり、避難所を何軒か廻ったりしました。避難所も、段ボールベッドが入って仕切りがある所、全く仕切りもなく、雑魚寝状態の所と格差があるのが実態でした。

益城町
さて、たんぽぽハウスさんに到着。
これまで実施していた炊き出しが行政からの指導で打ち切られたということで、外に設置されていたキッチンスペースもなくなっていました。利用者の皆さんも数名戻ってこられ、活動が始まり、少しずつ日常を取り戻している様子でした。しかし、職員さんはまだテント生活をされており、個人の生活は変わらないままでした。
相変わらず、行政が運営する避難所については支援物資の受け入れが中断されていますが、たんぽぽハウスさんには物資が日々届いていました。ただ、物資庫は物資が散在しており、整理が必要な状態でしたので、私たちは出来る限りの時間を使って整理をさせていただきました。
物資庫の整理が終わる頃に、厨房からいい匂いがしていたので、行ってみると、ラーメンのスープを仕込んでおられるところでした。被災の前のことですが、毎週金曜日には、たんぽぽハウスさんにてラーメンが振る舞われて大盛況だったそうです。「金曜日のラーメン」が復活するということで、たんぽぽハウスさんとして大きな前進になるのではないでしょうか。
(副本部長 浦川 直人)
安武そら豆復興作戦レポート⑤ 4月22日(金)「第1回安武そら豆 子ども祭り」を開催しました。当法人のそら豆畑を見学、そら豆人形作り、そら豆料理を楽しみました。


私たちは、安武校区の保育園・幼稚園に通う子どもたちに、昔から安武町は農業が盛んな町、中でもそら豆の名産地だったことを伝え、自分達の町を誇りに思ってほしいと願っています。
そこで、4月22日(金)、「第1回安武そら豆祭り」の一環として、安武町のJAくるめ安武地区カントリーエレベーターにて、「安武そら豆 こども祭り」を開催しました。
ご参加いただいたのは、「安武保育園」と「天心幼稚園」の園児の皆さんと先生方約100名、そして、当法人の利用者の皆さん、合計110名の皆さん。有難うございました。
当日は、良いお天気に恵まれて、園児の皆さんはそら豆畑の見学やそら豆人形づくりなどをそれぞれ楽しんでいました。
当日の様子を写真でご紹介します。
当法人の安武そら豆畑を見学


安武町で70年以上そら豆を育ててきた中村日月さんにお話をしていただきました
「昔から、安武のそら豆はおいしいと評判でした。その土地に合う作物があるように、安武の土はそら豆に合っています。だから、おいしいのです」
そら豆人形を作りました
利用者の皆さんも笑顔で参加しました!


安武保育園の先生がそら豆人形の作り方を教えてくださり、みんなで輪になって作りました。
そら豆の房に腕となる穴をあけ、棒(草)を2本(左右)差し込みます。
目や口をマジックで書いたらそら豆人形の出来上がり。
上下に引っ張ると腕が動きます。
園児の皆さんのいろいろな声が聞こえてきます。
「先生、ここはどうするの?」
「あ、動いた」


「ほら、見て、見て」。出来上がると、カメラに向かってポーズ!「ワーイ!」
本当にうれしそうですね。
安武そら豆の料理をいただきました


献立は、「そら豆ご飯」「そら豆シチュー」「そら豆蒸しパン」です。


そら豆尽くしのおいしいお料理を用意してくださったのは、地域ボランティアの皆さんです。
有難うございました。
「安武そら豆子ども絵画コンクール」を行いました
後日、園児の皆さんが安武そら豆の絵を描きました。
素敵な絵画を有難うございます。
受賞作品は次の作品です。


今後も、当法人は「土に触れる・種を植える・育てる・収穫する・春の味覚を楽しむ」という食育の場として「安武そら豆 子ども祭り」を開催していきたいと思います。
皆さまのご協力をお願いいたします。
熊本地震支援のご報告⑦ 5月12日、熊本県阿蘇郡西原村に、支援の一環としてボランティアの派遣、蔵出し即席みそ汁、敷き布団マットレスなどをお届けしました。
サクラみそ食品(株)様よりお預かりした支援物資
(一社)筑後中小企業経営者協会様を通して会員企業の皆様に支援物資の呼びかけをさせていただきましたところ、サクラみそ食品株式会社様より、蔵出し即席みそ汁をご提供いただきましたので熊本県阿蘇郡西原村にお届けしました。地域の皆様に提供される予定です。
誠に有難うございました。
当法人の職員は、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんにて、支援活動を行っています。そのレポートを紹介します。
ブルーシートで覆われた家が目立つ西原村
5月12日(木)。熊本県阿蘇郡西原村は、二日続いた雨が上がり、雲ひとつない青い空が見えました。屋根を覆ったブルーシートが目立ちます。
久留米から出発する日は、何が必要なのか、たんぽぽハウスさんに確認して物資を運んでいます。今日運んだのは、棚の上などを整理するためのケースやラック。そして、洗濯干場の用具と敷布団のマットレス。地震から1ヵ月、避難されている皆さんの生活環境を整えるための用具が必要になっていると思います。
今日は、ボランティアのスタッフで、キッチンと外回りなどの片付けをしました。たんぽぽハウスさんの利用者の皆さんの活動と炊き出し、片付けなどに人手が必要な状況がよく分かりました。


現在、物資はたくさん届いていますが、それを整理する人が必要な状況です。
たんぽぽハウスさんには、村内の被災者の皆さんが支援物資を求めて来られたり、夕食を食べに来られたりして、地域に必要な拠点になっています。そのような場所で活動されている利用者さん、職員さんが震災前の日常に戻れるよう、私たちは人的支援を続けていきたいと思います。
私たちボランティアは、今、すべきことを自らが気付き、人をも動かすことが必要だと思います。
これから梅雨に入り、暑くなっていくことを考えると、一日も早く生活環境を整えて、衛生の面でも安全な場所を確保していく必要があると痛感しました。 (本部長 北岡 さとみ)


熊本地震支援のご報告⑥ 5月10日~5月12日の3日間、熊本県阿蘇郡西原村に、支援の一環としてボランティアの派遣、軽トラックもお届けしました。当法人の職員は、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんにて、作業サポートや食事づくりなどを実施。連休明け、さらに人的支援が必要とされています。

熊本地震支援の活動におきまして、熊本県阿蘇郡西原村の皆さんより、「今、瓦礫などの撤去で運搬に使える軽トラックがほしい」とのご相談がありました。
そこで、株式会社ニシケン様(福岡県久留米市)にご無理を申し上げましたところ、お借りすることができました。
5月10日にお届けし、1ヵ月間、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」の皆さんを通して、村内の支援活動のために活用される予定です。
ご協力をありがとうございました。
5月10日~5月12日、当法人の職員は、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんにて支援活動を行いました。そのレポートを紹介します。

5月10日(火)の初日、熊本県阿蘇郡西原村は一日中雨でした。時より激しく降り続き、雷も鳴る中、西原村内に大雨警報、避難指示も出ました。私は、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんの支援に伺いました。たんぽぽハウスさんは、農業や食品加工販売を行う、利用者20名程の就労継続B型事業所です。
時折、携帯電話のエリアメールの「あの音(アラーム)」がなると、職員の皆さんは表情が一瞬曇ります。余震などが収まると、直ぐに作業に戻ります。昨日の午後から利用者さんもここに来て作業を始めたとのこと。しかし、いつもの半数の皆さんです。道路が寸断されているので送迎ができず、来所することができないそうです。確かに5分も車で走れば、がけ崩れで山に当たってしまいます。現在、4名の利用者さんがたんぽぽハウスさんに避難されています。自閉症の小学生の男子も急遽、夜はここに泊まっているとのこと。その子のお姉さんが、今は大学が休校とのことでボランティアに来ておられました。
たんぽぽハウスさんには6名の職員がおられ、作業と片付け等を分担しておられます。また、村内の被災者で避難されている方への温かい食事提供の支援も行っていました(炊き出しにて230食)。しかし、それは今夜まで。行政の方から、食事提供の支援が平等ではない部分もあるとのことで、ストップが出たそうです。東北大震災の時の経験から言えば、これからが温かい食べ物が必要とされ、実際、提供された時期になるのですが、ここでは、今からが冷えた状態のお弁当提供になります。これは課題だと思います。
地震列島の日本では、阪神淡路大震災以降、被災者や支援者の皆さんが経験していることから多くを学び、仕組み作りを始めなければならないと感じました。勿論、それは個人のペースにおいても大切です。熊本出身の私として身近に災害が起こったことで、やっと他人事ではないことに気付かされました。
たんぽぽハウスさんでは、今日が1ヵ月遅れでの給料日でした。明日は雨も上がるでしょうから、もう少し動きがとれるかと思います。連休明け、ボランティアは減っています。息の長い人手が必要です。

避難している方々、250名に提供した食事。
5月11日(水)の2日目は、太陽も出て少し不安が減りました。余震、土砂災害などの不安を常に抱える被災者の皆さんはもっとしんどいと思います。中・長期的なお手伝いを考える組織があることに、人のつながりを感じました。2週間、もしくはずっと京都・名古屋から人を派遣している社会福祉法人は理念がすごいなあと思います。
ボランティアが減る中、炊き出しにも制約がありますので、食事サポートが中心。支援物資を見て、30人分の食事を作りました。たんぽぽハウスの職員の方はそこまでの指示の余裕はありません。「食材にダメなものはないので全て使ってください」とのことでした。他に、利用者さんの作業サポートをしました。ここにきて、やっと一人の職員さんが地震発生以来、初めて休みがとれるそうです。 (職員 上村 千尋)
熊本地震支援のご報告⑤ 5月9日、八女市の有志の皆さんが、熊本県益城町の中央小学校避難所にてカレーの炊き出し支援をされました。大きな避難所には人も物資も豊富に集まっていますが、小さな避難所までは届いていません。皆様のご支援をお願いいたします。
5月、八女市の有志の皆さんが熊本県益城町へカレーの炊き出し支援に行かれました。その際、当法人の炊き出し道具一式の協力をさせていただきましたところ、この度、お礼状をいただきました。
益城町の現状について詳細なご報告をいただきましたので、ここでご紹介します。
5月9日(月)、熊本県益城町の中央小学校避難所に対して、カレーの炊き出し支援を行いました。
あいにくの小雨が降る中、益城町に入ると目を覆いたくなるような惨状が続いていました。益城町役場の入り口には立ち入り禁止のロープに「被災に関する手続きはここでは出来ません」の張り紙がありました。役場も被災してその機能を停止しているようです。
1階部分がつぶれた家が何軒も続き、壁にひびが入ってねじられたような家、おもちゃの家が転がったように見えるところもありました。ほとんどの家の壁に、立ち入り危険の「赤い紙」が貼り付けられていて、後片付けもままならない様子でした。
中央小学校の体育館では、昼間は120~130人の方が避難生活を送られていました。夜になると300人を超える方が避難してこられるそうです。益城町では水道が回復しているところが半数近くあるようですが、中央小学校の周りはまだ復旧していないそうです。電気も回復しているようですが、大部分の家では電線が垂れ下がっていて怖くて電源を入れられないそうです。
体育館の中はマットレスと布団で寝る場所を確保してあるだけで、間仕切りになるようなものは一切ありません。体育館と校舎の間の屋根がある通路が炊き出し場所と、ボランティアスタッフの控室になっていました。その通路の端でカレーを温め、ご飯を炊きました。最近、他の避難所で食中毒がありましたので、私たちの炊事の様子を京都から支援に来ている栄養士さんたちが監督していました。「加熱していないものは提供しないし、調理後2時間たったら廃棄します」という厳戒態勢でした。私たちの調理の様子に納得されて配膳OKが出ました。配膳も常駐のボランティアスタッフが体育館に運び入れます。衛生面とプライバシーの両面から私たちは自由に体育館に入れないようにされていました。

最初に代表として、被災者の皆さんに挨拶をさせていただきました。
「皆さん、今日はカレーですよ。作ってきていただいた代表の方にご挨拶していただきます」
「八女市からやって来ました。美味しいかどうかは分かりませんが、みんなが朝早くから起きて、作ったカレーです。愛情だけはいっぱい入っていると思いますから、皆さん、召し上がってください。おかわりも用意しています。たくさん召し上がってください」
たくさんの拍手をいただきました。そのあと、「美味しかった。おかわりを3杯しました」などと声をかけてもらいました。
避難所のボランティアのサブリダーの軸丸さんとお話をしました。ご自身も被災者でご自宅は町の中央通りで看板屋さんを営んでおられたそうです。
「家は建ってはいるが、ずたずたで赤紙だらけで何もできません。ここで皆さんのお世話をするのがただ一つのやりがいです」
私たちの仲間のTシャツの『がんばろい八女』の言葉を見て、『頑張ろう益城』と手書きしたTシャツを見せてくれました。
「ここでの生活がまだ2ヶ月は続くでしょう。皆さんがこうやって支援に来てくださるので、私たちは負けません」と笑顔で話してくれました。その笑顔に、私たちも元気づけられる思いでした。
この避難所はテレビで放送されているグランメッセや陸上競技場のような大きな避難所ではありませんのでお風呂やシャワーの設備がないため、3日に一度、そちらに行くそうです。そこには自衛隊によるお風呂とシャワー室があり、色とりどりのテントがたてられていて、子どもたちは「お祭りみたい」と喜んで帰ってくるそうです。大きな避難所には人も物資も豊富に集まるのに、小さな避難所までは届いていないのだなと、この子どもたちの言葉で知らされました。


各地から災害支援で派遣されてきている職員の人ともお話をしました。2週間、ここでお手伝いをしているという方もいました。その間、被災した人たちと寝食を共にして支援しているとの話で、温かいご飯は久しぶりですと言ってくれました。
この避難所では、室内では原則的に火を使うことが出来ないそうで、何かをしようとするならば、屋根のある通路でカセットコンロを使うくらいだそうです。カセットコンロの横にカップうどんが一つ置かれていました。おそらくカセットコンロで沸かしたお湯で作る温かい食べ物だったのでしょう。体育館の入り口に、30kg入りのコメの袋が5~6俵積み上げてありました。米は届いても、それを炊飯する手立てはないようにも思えました。私たちが到着したとき、業務用の小さな冷蔵庫が届けられ、コンセントに差し込んだばかりのところでした。
テレビなどで報道されているような大きな避難所には、物資が潤沢に届けられるようですが、小さな避難所はその情報網から洩れて、物資が十分届かないようです。
ここでは、4月中は時々炊き出しがあったそうですが、5月に入ってからは、朝はおにぎり、昼はパン、夜は弁当という通知があり、毎日がその繰り返しだそうです。
現地に入ってみて、その被害のひどさを目の当たりにし、被災された方たちの悲惨な生活を知り、私たちの小さな力で出来ることをやらなければならないという事を再認識しました。
今回の支援活動に際し、多くの方々に援助をしていただきましたことを感謝いたします。
有難うございました。
喀痰吸引等第3号研修の受講者を募集しています!7月9日(土)・10日(日)に開講。超高齢化社会に向けて、ますます需要が高まる医療的ケア。多くの介護職の皆さん、挑戦してください。

施設・居宅等において、介護職員等が特定の対象者へのみ医療行為を行える資格取得のための研修が「喀痰吸引等研修(第3号)」です。当法人はその研修機関として福岡県に登録し、現在までに3回実施しました。
これまで、初めて目にする医療用語や器具に戸惑いながらも、およそ50名近くの介護職員等が試験に合格し巣立っています。2日間の研修中も質問が飛び交い、講師の言葉に熱心に耳を傾けながら、真剣な表情で実技に臨まれていました。
超高齢化社会に向けて、ますます需要が高まるであろう医療的ケア。たとえ病気や高齢によって気管切開をしたり、胃ろうや腸ろう等をつけたりしても、自宅で安心して暮らせるように、できる限り多くの介護職の皆さんに挑戦していただけたらと思います。
日 時 :7月 9日(土)9:00~17:00
7月10日(日)9:00~16:00 の2日間
会 場 : 社会福祉法人 拓く 出会いの場ポレポレ
受講対象者 : 特定の重度障害者等に喀痰吸引等を実施しようとする介護職員等
定 員 : 15名
受講料 : 基礎研修(講義と演習)14,000円
実地研修(特定の対象者1名につき)3,000円
申込締切 : 平成28年6月15日
※基本研修のみの受講は不可。再試験は手数料1,000円
受講を希望される方は、下記の募集要項及び注意事項をご確認の上、お申込みください。
★喀痰吸引等第3号研修 募集要項・注意事項 → 詳細はこちら
【お申し込み・お問い合わせ】
社会福祉法人 拓く FAX:0942-27-2086 ╱ TEL:0942-27-2039
お問い合わせはFAXでお願いします。

安武そら豆復興作戦レポート④ 4月24日(日)「第1回安武そら豆祭り」を開催しました。安武そら豆を使った料理のコンテスト、うまかもんの料理に舌鼓。おいしいそら豆をみんなで楽しむことができました。ご協力をいただいた皆さん、ご来場いただいた皆さん、有難うございました。


4月24日(日)、10時より、安武町のJAくるめ安武地区カントリーエレベーターにて、「第1回安武そら豆祭り」を開催しました。小雨模様でしたが、開会と同時に多くのお客様が農産物販売の「やすたけマルシェ」へ。「うまかもん市」の各店も料理を販売しました。焼きそら豆やそら豆ピザ、そら豆ご飯、そら豆かきあげ、そら豆パスタ、そら豆クリーム煮など、お店によっては、プロのご協力をいただいた自慢の料理です。多くの方々が堪能されていました。
そして、「そら豆料理コンテスト」。地元の皆さん8団体が参加し、そら豆を使った自慢料理を競い合いました。投票をしようと多くの皆さんが行列に並んだ人気イベントでした。
「安武そら豆」をキーワードに開催した「第1回そら豆祭り」。素敵な料理が新たに生まれ、一緒に味わい、笑顔あふれる一日となりました。
ご協賛をいただいた株式会社森光商店、株式会社和泉プロパンの皆様、有難うございました。
会場の様子を写真でご紹介します。
「うまかもん市」 各店が自慢料理を販売しました。


焼きそら豆、そら豆ピザ、そら豆ご飯、そら豆かきあげ、そら豆パスタ、そら豆クリーム煮など自慢の料理です。
召し上がった皆さんからはこんな感想をいただきました。
「焼きそら豆は、何も付けないでそのまま食べるのがおいしい。驚きました」
「ピザが最高!生地とそら豆の相性がぴったりですね」
「クリーム煮をお代わりします。コクがあっておいしい」。


大人気の「そら豆料理コンテスト」


11時より、「そら豆料理コンテスト」が始まりました。すでに行列が!参加した皆さんはお箸を持って、8団体の料理を試食します。最後に「おいしい」と気に入った料理にお箸で投票。
8団体の皆さんがこしらえた料理は、「そら豆とささ身の中華炒め」「そら豆の煮物」「そら豆ガーリック炒め」「そら豆ポタージュ」「そら豆入りだんご汁」「そら豆白玉だんご」「そら豆パスタ」「そら豆ご飯」の100食分。
投票の結果は、第1位「そら豆ガーリック炒め」となりました。
素敵なお料理を作ってくださって、有難うございました。


投票をしようと行列ができました。投票はお箸で。「迷うわあ」。


8団体の皆さんは、準備に奮闘中。「味はよかよ!」


表彰式にて 第1位となった「そら豆ガーリック炒め」。
第2位、第3位、そして参加団体の皆様を表彰しました。
有難うございました。
安武で育った新鮮野菜の販売「やすたけマルシェ」


安武そら豆を始め、タケノコ、新玉ねぎ、サラダ菜などを販売しました。
安武町で育った新鮮な野菜です。お客様は次々と購入され、完売。
こども広場 親子で楽しみました!


つばめ紙ひこうき作りやヨーヨー遊びなどを親子で楽しんでおられました。
「熊本地震への支援物資」を集めました。被災地へお届けします。


私たちは、当法人HPでご紹介していますように、熊本地震への支援を続けています。
地域の皆さんに呼びかけて、タオル、シャンプー類、くつした、下着、ズボンなどを会場に持参していただきました。
被災地の皆さんにお届けします。有難うございました。
熊本地震支援のご報告④ 4月30日、「安武そら豆祭り」で集めた支援物資を熊本県阿蘇郡西原村にお届けしました。他のボランティアさんと協力し、支援物資倉庫内の仕分け作業をお手伝いしました。今後も、人的な支援(マンパワー)が継続的に必要になってきます。


震度7を記録した熊本地震から2週間、今なお余震の速報が毎日のように入ってきます。
4月30日(土)、職員2名で、先日の「安武そら豆祭り」で集めた支援物資(リクエストのあったタオルや下着、野菜など)を熊本県阿蘇郡西原村(益城町の隣村)に届けに行きました。
渋滞に巻き込まれないように、早朝から久留米を出発し、下道で2時間半程(帰りは高速道路を使って1時間半ほど)。
西原村に近づくにつれ景色は一転。地震で瓦がほとんど落ち、雨漏りを防ぐためのブルーシートをかけた家がほとんどで、倒壊している家も多く見られました。倒壊していなくても、玄関に赤色「危険」や黄色「要注意」の危険度判定が多くの家に貼られている状況でした。


西原村社会福祉協議会の敷地内にある体育館、隣接する中学校の体育館は避難所になっていました。今なお、多くの方々が仕切りもない中で寝食をされていました。車中泊の方も多いと聞きました。心配していた水や食料(もちろん野菜などの生ものは一切ありません)、おむつやシャンプーなど日用品などの支援物資は全国から届いており、避難所には物資が沢山ありました。既に受入れスペースがないということで支援物資の受付は制限されていました。


当法人の支援物資は、西原村社会福祉協議会と同じ敷地内にある、障害者自立支援センター「にしはらたんぽぽハウス」さんに届けました。
たんぽぽハウスさんは、農業や食品加工販売を行う、利用者20名程の就労継続B型事業所です。地震で事業所は滅茶苦茶、利用者さんやスタッフも家を失い、運営もストップせざるを得ない中で、被災直後から配給されているパンやおにぎりではなく、「おいしいものを食べてもらいたい」と生野菜を使った炊き出しを1日3食(最大300食程)欠かさず行っておられます。
多くのスタッフの方は家を失い、事業所やテントで生活しながらも、炊き出し、水汲み、支援物資の仕分けなど休みなく働かれていました。

食事 お皿にはラップをかけて、水洗いをしなくてよいように工夫されていました。
たんぽぽハウスさんには、個人や団体からの支援物資、避難所に入りきれない分の支援物資も含めて、ひっきりなしに運び込まれてきます。隣の空き家を緊急で借り、支援物資を置く倉庫にされていました。そこは、本当に足の踏み場もないほど段ボールや物資がたくさんありました。ただ、何がどこにどれ位あるのか分からないのでは、ニーズがあっても届けることはできません。そこで、他のボランティアさんと協力して倉庫内の仕分け作業をお手伝いしました。丸一日かけ、ようやく物資をまとめ、動線を確保することができました。


支援物資の山 たんぽぽハウスさんと一緒に
これからも支援物資は集まってくるでしょう。炊き出しは続くでしょう。そして、被災した家の片付けなどが始まるでしょう。これからは、支援物資もそうですが、日常生活を取り戻していただくために人的な支援(マンパワー)が継続的に必要になってくるはずです。
今回の地震で、災害は他人事ではないと思い知らされました。
隣人として、物的・人的な支援を継続して取り組んでいきたいと思っています。
(副本部長 浦川 直人)
熊本地震支援のご報告③ 4月21日、熊本県阿蘇郡西原村に、支援物資として布団・シーツ・下着等をお届けしました。
たんぽぽハウスさんに届けた布団やシーツ等
熊本県阿蘇郡西原村では、4月20日の夜からの豪雨で山崩れが起きるのでは、とのことで警戒地域が増えていました。現在、中学校等が避難所になっているのですが、そこに避難しなければならない方々が増えているという状況でした。また、村にあるコンビニが復活していました。
NPО法人にしはらたんぽぽハウスには、兵庫県などからボランティアの方々が駆けつけ、倒れてしまった重い器具等を片付けたり整理したりしておられました。
皆さんは、施設の片付けを終えたら、村の方々のための避難場所に開放しようと考えておられます。そこで、「布団等が欲しい」と話されていましたので、早速、布団やシーツ、下着等を持参しました。
現在、発達障害のある方や自閉症の方は車中泊されている方が多いので、本人を含め家族の方々の疲労はかなりたまってきています。
今後も、私たちにできる支援を続けていきたいと思います。
一部損壊した村民体育館。各地から駆け付けたボランティアの皆さん。



